「虎に翼」は2024年4月から9月まで放送されたNHK連続テレビ小説です。日本初の女性弁護士のひとりであり、女性裁判官となった三淵嘉子をモデルに、猪爪寅子という主人公の半生を描いています。本作は女性差別や法制度の問題を丁寧かつ果敢に描き、高い評価を得ました。
「虎に翼」の物語は1931年(昭和6年)の東京から始まります。当時の日本社会は強い男尊女卑の風潮があり、女性が法曹界に進出することは非常に困難でした。主人公の猪爪寅子(伊藤沙莉)は、そんな時代に女性として初めて弁護士を目指します。
物語は戦前から戦後にかけての激動の時代を背景に展開します。寅子の成長と共に、日本社会の変化や女性の地位向上の過程が描かれています。特に、日本国憲法第14条に象徴される法の下の平等という理念が、物語全体を貫くテーマとなっています。
「虎に翼」の脚本を手がけたのは吉田恵里香氏です。吉田氏は女性差別や法制度の問題を丁寧に描写しながら、同時に物語に深みと広がりを持たせることに成功しています。
特筆すべきは、各週のタイトルに女性を揶揄することわざを用い、それに疑問符をつけるという手法です。例えば「女賢しくて牛売り損なう?」「女三人寄ればかしましい?」といったタイトルが使われています。これらは当時の社会通念に対する強い疑念と不信感を表現しており、寅子が法曹を志す原動力となっています。
演出面では、法律に関する専門的な説明を避けるため、ナレーションを多用しています。これにより、視聴者の集中力を乱すことなく、物語の本質的な部分に焦点を当てることができています。
「虎に翼」には、視聴者の心に残る名セリフが数多くあります。その中でも特に印象的なのが、寅子が法律の本質について語るシーンです。
「私はね、法は弱い人を守るもの、盾とか、傘とか、暖かい毛布とか、そういうものだと思う」
この言葉は、寅子が法曹を志す根本的な理由を表現しており、作品全体のテーマを凝縮しています。
また、寅子が恩師である穂高重親に向かって言い放つ以下のセリフも印象的です。
「先生が女子部を作り、女性弁護士を誕生させた功績と同じように、女子部の我々に『報われなくても一滴の雨垂れでいろ』と強いて、その結果歴史にも記録にも残らない雨垂れを無数に生み出したことも。 だから、私も先生には感謝しますが許さない。納得できない花束は渡さない。」
このセリフは、寅子の成長と共に、彼女が抱える葛藤や社会への批判的な視点を鮮明に表現しています。
「虎に翼」の成功には、主演を務めた伊藤沙莉の存在が大きく貢献しています。伊藤は2017年の朝ドラ「ひよっこ」で脇役として注目を集めましたが、今回初めて朝ドラの主役を務めました。
伊藤の演技は、寅子の強さと弱さ、理想と現実の狭間で揺れ動く心情を見事に表現しています。特に、法廷シーンでの熱演や、家族との温かいやりとりなど、幅広い演技力を見せています。
また、伊藤の「顔芸」と呼ばれる表情の豊かさも、作品に彩りを添えています。時に力強く、時に繊細な表情の変化は、セリフ以上に寅子の内面を観客に伝えています。
「虎に翼」は法廷ドラマとしての側面も持っていますが、従来の法廷ドラマとは一線を画しています。多くの法廷ドラマが個別の事件解決や法廷での駆け引きに焦点を当てるのに対し、「虎に翼」は法そのものの在り方や、法を通じた社会変革に重きを置いています。
例えば、1996年の朝ドラ「ひまわり」も弁護士を主人公にした作品でしたが、「虎に翼」はより広い視点で法と社会の関係を描いています。「ひまわり」が現代を舞台にしているのに対し、「虎に翼」は戦前から戦後にかけての激動の時代を背景にしており、より大きな社会変革の文脈の中で法律家の役割を描いています。
また、「虎に翼」は単なる法廷での勝利や敗北ではなく、法を通じて社会の弱者を守るという理念に焦点を当てています。これは、現代の法廷ドラマにも新しい視点を提供しているといえるでしょう。
「虎に翼」は戦前から戦後の日本を舞台にしていますが、その主題は現代社会にも深く通じるものがあります。特に、ジェンダー平等や社会的弱者の保護といったテーマは、今なお重要な社会問題です。
例えば、日本の女性弁護士の割合は2023年時点で約19%と、依然として低い水準にあります。「虎に翼」は、法曹界における女性の地位向上の歴史を描くことで、現代の視聴者に対しても問題提起を行っています。
また、「法は弱い人を守るもの」という寅子の信念は、現代社会においても重要な指針となります。経済格差の拡大や社会的分断が進む中で、法の役割とは何かを改めて考えさせられます。
「虎に翼」は過去の物語を通じて、現代社会に生きる私たちに重要な問いを投げかけているのです。それが、この作品が「名作」と呼ばれる所以の一つといえるでしょう。